恋上二胡/二胡と遊ぼう

札幌の二胡な人 荒木田 真穂の 二胡もあるブログです。    

本職ことだまつかい(書き屋)な
二胡の人(Player & Instructor)
無宗教。支持政党無し。
HP 最愛二胡 http://someiro-erhu.jimdo.com/
グローバルワークス と
unitシラフヤルカもよろしくお願いします。




 最近の日中関係について、友達と話すこともある。どっちがしたたかだとか、どっちが頑固すぎるとか、いろんな意見がある。これらの話から、一連の事件が鏡になりはじめているんじゃないかという予感が、私にはある。「自分が生まれた国ってどうよ??」ということを、政治家だけじゃなく、一般人もやっと考え始めるんじゃないかという予感である。
 
 実は、今、日本は、海外に派兵している国の一つなんだ。そこがいかに「日本は平和主義で、靖国参拝に特別な意味がない」と主張しても、説得力ないこと夥しい。
 一方、中国で、罪のない日本人がテロに遭ってても警察が放置していることも事実で、そこが「友好・合作・協力」をスローガンに掲げてても、これも説得力ないこと夥しい。

 話しててイヤになるのは、「もしやどっちの国もコドモ?」と思えてくることだった。
 しかし、突然思ったのさ。
 「そうだ、コドモは、これからオトナになることができる!」
 これが、狡い大人同士の争いだったら、根は深いし、解決は難しいだろう。
 しかし、政治家連はともかく、一般人はまだ、知識的にも、思想的にもコドモである。そいで、人数は圧倒的にそっちの方が多いんだから、希望を失うのはまだ早い。

 コドモが明日すぐオトナにならないように、時間は沢山かかるだろうけれど........

                   ☆


 昨日から、とある専門学校で、脚本の講義を受け持つことになった。
 もうふたまわり近く違う子たちとどうつきあえるかなあ、と、今もまだ心配。一番の心配は、彼らの若さに私がシットするんじゃないかということだった。でも、不思議と、それはまだない。自分より目下だから安心したというのではない。彼らの素直なひたむきさが、なんだかすごく嬉しかったのだった。
 この子たち、これからオトナになるんだなあ!すっごいいいじゃん。
 私も、今よりもっともっとオトナになるぞー。
 たぶん、冷めてる子や、私が気に入らない子もいるだろう。でも、しょうがないや。いいんだ。そんなの没関係。愛するよ。私は。とりあえず、それが私に今振られた役割だからね。
 しょうもない世界でも、生まれちゃって、どんなにしんどい目に遭っても、それでも生きていきたい以上、愛した方がいいに決まってる。



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 「でも、まほさん意外に寂しがり屋だからなあ」と、カエルヤマダム。
 やや心配げに。
 ううむ。さすが我が茶友、するどいところを突いてくる。
 と、話を始めたモノの、全然落ちを考えずに書き始めてしまった!!(笑) これも4月ボケのせいだろうか............。 

 そういえば、作家の岩井志麻子女史ってご存じ? 書いてる小説もエッセイもご本人の見た目も、どっちかというと不愉快なんだけど、なんだか気になる存在。雑誌などで文章が目に触れるたびに「うーむ」と思ってしまう。感動もしないし、過度の嫌悪感も感じないけど、なんか靴に入った石のように気になるのである。彼女の文には決着点がない。オチのついてない話をまんま書いちゃってる感じだ。そこんとこが、素人っぽくて、愉快ならざれど気になり続けるのかもしれない。書いてることは既存の倫理観を壊すような男女間の関係についてで、それが彼女の売り。けど、全部ほんとだとしたら、しんどい人生だろうなあ..............。そんでもって、彼女は喋り過ぎだ。
 自分のことを喋りすぎる人、特に文章家などで、不特定多数の人に対して喋りすぎる人って、他人様のココロは動かせても自分自身は幸せになれないことが多いんだよなあ。でも、寂しがりは往々にして、そうやって喋りすぎて自分から土ツボにはまりに行くモノだ。岩井女史はまさにそのクチなのか。

 おお、オチがついたじゃないか。 








 先日練習した帰国者の二胡愛好家の方と、とある催しで演奏。
 やっぱり「ネイティブだなあ」と感じる演奏で、面白かった。整えられた演奏にはない無骨な温かさがいい感じ。
 おそらく、私は今後逆立ちしてもそういう風には弾けないけど、それはそれでしょうがない。目指すものが最初から違うし、出自も違うし、また、現在の二胡との関わり方(二胡への食い下がり方ともいう??)も違うのだから。
 でも、単純に「聴く人」になっちゃって、「わー、いいなあ、うらやましいなあ」って素直に思えた、嬉しい一夜であった。
 





 

 今、ワークショップでは、C調曲を多めにとりあげている。
 まず、按指法の分析から始めて、とりあえず慣れるために、超有名70年代日本曲をやってみている。知ってる曲だから、あまり慣れてなくてもできるし、他調との違いや、同曲異調の記譜についても考察できる。
 この曲は、ある学校の卒業式にグロバがお邪魔したとき、生徒たちが歌うのを聴いて「そーだ、ワークショップで取り上げよう」と思ったのであった。この年代の曲は、実はあまり二胡教本や曲集に掲載されていないが、二胡に合わないわけでは決してなくて、今活躍中の中国人二胡老師の方々の来日が集中した年代を考えると、単に「知らない」というだけだと思う。過去のヒット曲で、現在はラジオのリクエスト番組くらいでしか聴けないこれらの曲を、リアルタイムで聴いていなければ、風格も再現しようがないからではないだろうか。
 それで優越感を感じているわけではなくて「日本における二胡」を考察したときに「もっと沢山良い曲があるよ」と言いたいだけだ。70年代ヒットだけでなく、80年代ニューウエーブや、90年代バンドブームの時の曲にだって、二胡に合う名曲がある。でも、誰でも弾けばいいというものでなく、その曲に惚れ込んで、オリジナルと自己の風格とを合成して弾きこなせる縁者がまず弾き、「そうだー、良い曲だったんだねー」と聴衆や他の二胡好きたちに認識させることが必要だと思う。
 曲によっては、演奏者を選ぶものもあるから。
 余談さておき、この曲のあとは、次は「綉金なにがし」と「瑤族舞曲」に繋がる。
 私事になるが、私の二胡歴には何度かのターニングポイントがあって、「瑤族舞曲」はそのうちの一つにまつわる、とても思い出深い曲である。それは、現在はグロバでもお世話になっている打弦師Kさんたちのバンドと初共演したときの一曲だからだ。この中国曲を、有名なアイリッシュ・バンドがかつて北京を訪問し、中央民族楽団の若い人々と一緒に演奏したというエピソードをはじめ、中国音楽、民族音楽についていろいろ知ったり考えたりするようになったはじめだ。
 
 

 

 ICCの屋上に出て背伸びしたら、ちょうど4年前のことを思い出した。
 4年って、けっこう長いよね。ちゃんとした人なら、一仕事終えて結果出せてる。自分はどうなんだろう。。。
 悩みだすと詮方ない後悔とか愚痴とかになってしまいそうだから、あまりくよくよ考えない。でも、怠惰と自尊心って大きな敵ですね。最近ようやくそういうのから解放されてきたんだけど。
 そら、結構広くて、まだまだほかにいけるところがあるなあと思った。



 
 最近のワイドショーって、「悪魔の呪いの舘」みたい。気持ち悪い事件ばかりだし、見ないんだけど、天気が知りたくて仕方なく某局に合わせたら、このうち続く反日・抗日のニュースに対して、コメンテイターの大学の先生が
「日本は、エネルギー効率のよい国なのだから、その技術を中国や全世界に発表して、共有していくような活動をしたほうがいいんじゃないですか」
 と発言していた。
 この考え方いいよなあ。
「グローバル・インスティチュート・オブ・テクノロジー」(これは私の造語だけど)みたいな機関を、超国籍、超民族、超経済で、作るべきだと、私は思う。
 また、同じくして、歴史や文化に関するグローバル・インスティチュートを立ち上げていくことも可能だし、必要だろう。

 日本が、国連の常任理事になったら、最初にやるべきことは、その立ち上げ呼びかけだと思う。キズを売り物にするのは、お偉い皆さんには苦痛なのかもしれないけど、原爆経験だけでも、十分、歴史、科学の研究のよびかけ主体になりうる。
 そして、90年代以降のITや、アニメなどカウンターカルチャーを掘り下げて、文化に関する研究も十分成り立つと思う。

 壊すために、チカラを握ってほしくない。作るために、あってほしい。
 べつに愛国心はないけど、せっかく生まれた国だからね。

 ちなみにインスティチュートとは、学会。
 「グローバル・インスティチュート」とは、限られたメンバーによる学会でなく、繋がるため、広がるため、知識を共有するための学会を、私はイメージしてる。
 

 



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 札幌在住の帰国者で、二胡大好きの方とちょっと練習。
 いろいろ勉強になりました。と、いうか、原点回帰かな。ご本人は忙しい仕事の傍らだから趣味です、なんておっしゃってたけど、すごく温かくて上手でした。
 やっぱり、賈先生にせよ朱先生にせよ、或いは聴く方で姜さん、陳敏さんにせよ、許可さんにせよ、私たち日本人が耳にする機会のある二胡ってもしかして「キレイすぎ」かも。
 音色や音程・リズムはともかく「手」や「民俗性」のある二胡は、録音やホールコンサートされないものね。でも、そこを忘れたら、たぶん、なにかを失うと思う。なにか? いや、すごく大事なモノを.....大先生だって、コドモのころ囲まれていたのは、素朴なサウンドだったに違いないのだから。

 ところで、ブータン館で、ブータン二胡発見。ブータンダルシマー、ブータンディジュリドゥと仲良く仏様にお供えされていました。いつかブータンに、私の愛しいラベンダーブースカと一緒にでかけようっと!!



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